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ステラーの航海(漂着者の島) [海牛]

長旅の末、冬を向かえ、満身創痍の聖ピョートル号は、前回母港のあるカムチャツカ半島
まで戻って来たかに見えました。

病み臥せるベーリングに代わって進路を決めるのは、経験浅い副官ワクセルと独断的な
キトロフでした。
ただ、われらが小さな司令官(リトル・コマンダー)ステラーは、ここがカムチャツカだとは
信じてはいませんでした。

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(おなじみ、ステラー海牛とその発見者博物学者ゲオルグ・ヴィルヘルム・ステラーの
 シリーズ。聖ピョートル号の航海ももっとも悲惨な章に差し掛かりました。
 というか、この後、冬の後に春が来るように、少しずつ希望の光が刺し始めます。
 ということで、まあ、我慢して、このあたりはささっと流して下さい。
 よく知らないで、ここを読んじゃった人は、マイカテゴリー「海牛」過去記事をご覧下さい。)

 

船は湾の奥に進み、海は浅くなり、ステラーと彼のハンターリプキンと別のドイツ人学者
プレニスナー(Plenisner)、ワクセルと病気の数名がまずボートで上陸をしました。
海岸はラッコが群れボートの上陸の妨げとなりました。
陸には銀狐がいて吠え掛かり、噛み付こうと迫りましたので、蹴り払いました。
その様子は、人の姿を知らぬ動物の様子に思われました。
「カムチャツカとは思えない」というステラーにこのときはワクセルはくってかかりました。

プレニスナーはそこにいた数羽の雷鳥を狩り、ステラーはハーブを採取しました。
何よりもベーリングに新鮮な食物を持ち帰りたかったのでした。
すでに47人が壊血病で倒れ、12人が既に死んでいました

その島は木の生えていない島でしたが、まもなくまだ凍っていない真水が見つかり、
ほかにもシギや他の鳥がいることはわかりました。
そして海の岩の向こうには大きな見知らぬ生き物が、ひっくりかえったボートのような
黒い姿を浮かべ、漂っていました

病人はその後順次陸に運ばれ、何人かは遺体として船から下ろされました。

IMG_0046.JPG
「ここで越冬しなければならないだろう」とステラーは覚悟しましたが、そのことを話すと若い
リプキンは堪らず落涙しました。ステラーはこの旅に若いコサックを連れ出したことを
悔い、声をかけると、リプキンは向き直り「主人であるあなたと一緒にきたことを私は
後悔していない」と言うのでした。
答えて「一緒に生きて帰ろう。神は我らと共にある。」
ステラーは言うのでした。

空はこの季節の北の大洋に特徴的な「水空」の灰青色を呈し、
そのことからもステラーはここが大陸の一部ではないだろうと確信していました。

IMG_0045.JPG

ベーリングは9日に船員に担がれ上陸を果たしました。
身動きもままならぬまま、ベーリングは問いました。「ここはカムチャツカだと思いますか?」
ステラーは、「いいえ。ですが大陸からはそう遠くないです。
海岸に私たちの住宅でよく見かけるタイプの雨戸が流れついているのを見つけました。」
ベーリングの半分閉じた目に反応はありませんでした。
実際、島を探検して見たものの、人の住んだ跡は見当たりませんでした。

病人は陸に上げられましたが、日に日に死者の数は増えました。
ステラーは雪を掘り、凍る大地を掘ってハーブや薬となる根を掘りましたが、
そこは寒く、飢えと乾きはまだ十分解決されていませんでした
(ステラーはラッコを
スープにして出しましたが、あまりにもまずく、誰も食べようとしませんでした)。

遺体も陸揚げされましたが、病んだ人々が十分な葬儀を果たせぬうちに、一部は
飢えた狐に食われるありさまでした。

狐は漂着者たちの住処の周りを蠅のように取り囲み、時には生きた人を襲いました。
夜用を足しに出た水夫が外に出した身体の一部を食いとられるに至り、人も容赦なく
狐を殺す報復に出ました。虐殺の後は尾や足のない狐がわずかに残るばかりでした。

 

ここにおよび、厳密であった船の階級はほとんど態をなさず、それぞれが対等に
食事を分け合い、仕事を分け合うようになりました。一部は燃料の流木を拾いに行き、
一部は食料を探し、ステラーらの別の一部は料理と病人の世話に当たりました。
そうするうちに、最初の半地下の越冬小屋をつくり、順次それらは増やされました
そこにはそれぞれ自然に集まった仲間同士で暮らすようになりました。
ステラーは、半地下の居住穴に「(誇り高き)5人のドイツ人」で集合して、リプキンら
3人のコサックもここに一緒に暮らすこととなりました(ドイツ人が5人、コサックが3人
いたとは私は知りませんでしたが)。

さて、船乗りの一部はそれでも船にいましたが、ワクセルさえついには抱えられて船を
降りることとなりました。ほとんど死んだような有様でしたが、必死の看病がなされました。
この副官が死ねば、後はキトロフがリーダーとなるからです。それは不都合でした。

キトロフもしかし、壊血病を病んでいました。
そしてやはり船を降り、ステラーらの居住穴の片隅で過ごすことのなりました。
キトロフはこのとき既に水夫たちと過ごすことはできなくなっていたからです。
日ごと夜ごと、キトロフは過去の態度や判断を責められ続けていたのでした

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キトロフは、聖ピョートル号のしかるべき管理をベーリングから言われていましたが、
立てるものも数少なくなり、船はただ浅い砂底の海に対処もなく泊められていました。
そして船員たちが降りた後の11月28日、弱っていた綱が切れ、座礁しました。
舵は致命的に破損し、水と泥が船内に流れ込み、この後、この船が浮かび上がることは
ありませんでした。

IMG_0011.JPG

ベーリングも、彼の船がその命を終えて程なく、亡くなりました。
最後に、ステラーに願ったのは、「できるだけ深く埋めてくれ、そうすれば、少しは
暖かいに違いないから
」ということでした。

ルーテル教会式の葬儀が執り行われ、動かぬ船の見える丘の上に埋葬されました。
木の十字架が立てられ、後にこの島はベーリング島と呼ばれることとなりました

ビトゥス・ベーリングについては、ぶくぶくと不健康に太った姿と、冒険家にあるまじき
臆病さと、司令官らしからぬおとなしい様子に、ステラーとともに苛立ちを覚えたので
はありますが、振り返ってみるとその判断は的確で、必要なときには正しく指示をして
いたことが見て取れます。コロンブスやクックとならべて語られるにふさわしい航海士
であったのかもしれません。

そして、ステラーたちは、その指導者を失いました。

IMG_0067.JPG

ひとつだけ、付け加えておいていいかと思います。
ベーリングの遺骨は、1991年他の数名の遺骨と共にモスクワへと運ばれたそうです。
シベリアのはずれの島より暖かいのかと思います(改めて埋葬されたのだと思うのですが、
それはまた調べてみます)。

 


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コメント 24

mimimomo

おはようございます^^
これはゆっくり読まないと・・・後ほどまた・・・^^v
by mimimomo (2008-07-17 05:05) 

SilverMac

壮絶な探検結末ですね。ベーリングの名前を再認識しました。
by SilverMac (2008-07-17 05:46) 

キタノオドリコ

いよいよ最終段階に入った私の読書と舞台が近いのですが、地図帳片手に読めばよかったと少し後悔しています。
リコルドと嘉兵衛の交感の描写が秀逸だなぁと感服しているところです。
by キタノオドリコ (2008-07-17 06:51) 

ぱふ

うっはぁああ、苛酷ですねー。生存者たちは、どうやって
帰国したのでしょう? 続きが楽しみです!
by ぱふ (2008-07-17 10:24) 

めもてる

冬越しはどうなるのでしょうか。
by めもてる (2008-07-17 10:25) 

春分

コメントしにくい内容なのにコメントを頂け、うれしいです。
付け加えますが、
ベーリングらの遺骨は、ベーリング島に戻され再度埋葬されたようです。
うーん、いいんだかなー。さてと。


mimimomoさん、
> これはゆっくり読まないと・・・後ほどまた・・・^^v
いえ、軽く流して頂けるといいかなと。

SilverMacさん、
> 壮絶な探検結末ですね。ベーリングの名前を再認識しました。
ベーリングの旅は終わりました。残された者たちの旅はまだ続きます。

キタノオドリコさん、
> いよいよ最終段階に入った私の読書と舞台が近いのですが、
> 地図帳片手に読めばよかったと少し後悔しています。
地図は必須ですね。
> リコルドと嘉兵衛の交感の描写が秀逸だなぁと感服しているところです。
嘉兵衛というのはグローバルに魅力的な人物ですよね。
なお、この地域は、確かに日本にごく近い場所です。
したがって1741年だけでなく、1941年頃にもかかわりを持ちますね。

ぱふさん、
> うっはぁああ、苛酷ですねー。生存者たちは、どうやって
> 帰国したのでしょう? 続きが楽しみです!
そこがまた面白い。陸まではまだ200kmあります。

めもてるさん、
> 冬越しはどうなるのでしょうか。
ここまでで私なりにわかったことは、毛皮のコートとラッコの帽子だけは
いくらでも作れる状態だったかなと思うしだいです。
燃せる流木も少ない中、さて、どうなるでしょうね。


by 春分 (2008-07-17 12:28) 

yakko

随分壮大な物語ですね〜
花がそれぞれに綺麗ですね(^。^)
by yakko (2008-07-17 14:55) 

かいつぶりん

船を失ってどのように帰還するのか、楽しみですね。
ウィキペディアでベーリングさんの肖像見てみました。
確かに冒険家っぽく無い風貌です・・・
by かいつぶりん (2008-07-17 22:19) 

びっけ

色とりどりの花の写真が、手向けの花のように感じられます。
ベーリング・・・死しても、名を遺しましたね。
by びっけ (2008-07-17 22:42) 

ゴーパ1号

(…あ、ほんとだ。同じユリ)
by ゴーパ1号 (2008-07-17 22:59) 

sakamono

なんとも壮絶になってきました。
しかし、こうした極限状態で、生き抜こうとする様には感動を覚えます。
ラッコって食べてもマズイのですね^^;。
by sakamono (2008-07-17 23:29) 

ハギマシコ

いよいよ、海牛が出てくるのかなあ、、、。トドじゃないでしょうし??
次はどうなるのか、、、
by ハギマシコ (2008-07-17 23:56) 

春分

yakkoさん、
> 随分壮大な物語ですね?
このころの人は、人間が空を飛んで1日で太平洋を渡るとは想像しなかったで
しょうね。

かいつぶりんさん、
> ウィキペディアでベーリングさんの肖像見てみました。
> 確かに冒険家っぽく無い風貌です・・・
いくつかのHPで見てみるとこの絵が多いですが、妙にかっこいい銅像のような
のもありました。時の流れは過ぎ去った日々を美しく変えますので。

びっけさん、
> 色とりどりの花の写真が、手向けの花のように感じられます。
そんなつもりだったかと思いますが、トンボも混ぜてしまいました。

ゴーパ1号さん、
> (…あ、ほんとだ。同じユリ)
そこですか。

sakamonoさん、
> ラッコって食べてもマズイのですね^^;。
いたちのようなものですから。臭いようですね。
そもそも肉食の哺乳類はおいしくないかも。鯨は別として。

ハギマシコさん、
> いよいよ、海牛が出てくるのかなあ、、、。
もう出てたりして。



by 春分 (2008-07-18 17:47) 

きむたこ

トンボ、ちょっとはかなげでいいですね。
連日の暑さにまいり、早くも秋が待ち遠しいきむたこ・・・。
(≧v≦)
by きむたこ (2008-07-18 17:59) 

櫻

海牛カテをすこしずつ読み進んでいます。
色んな資料を読み解きながらの更新なんですね?
21世紀にこんな風にブログで語られる事なんて想像していなかったでしょうね・・・・。

by (2008-07-18 22:29) 

HEIJI

どんどん悲惨になっていきますね。
(ただ、寒さを想像できないここのところの暑さです)
もう何の希望もないお先真っ暗な状態ですね。
この後、いったい何が希望の光になるんでしょう。
次のお話、待ってます〜。
by HEIJI (2008-07-18 23:52) 

ハギマシコ

ボートのひっくり返したような物・・・ですね。なんだろう?次まで待ちましょう。
by ハギマシコ (2008-07-19 00:15) 

きまじめさん

厳しい自然、そして壊血病との闘いベーリングの死、物語はクライマックスに。
息つくまもなくといいましょうか、一気に読み進んでしまいました。
いよいよ登場ですか? まだでしょうか。期待は大きくなるばかりです。
by きまじめさん (2008-07-19 00:57) 

水郷楽人

何事も挑戦。そして試練があるものですね。
by 水郷楽人 (2008-07-19 08:48) 

せつこ

船は沈んでしまい、その後帰還出来るのかしら・・・?
ベーリング島は、ベーリングその人の名でしたか。
スゴイ精神力ですね、想像できません。
by せつこ (2008-07-19 15:11) 

sera

すごいユリですね!
トンボの写真も面白いです
ステラー海牛の話は気になるけれども、
難しそう、、、かな、、、(汗)
by sera (2008-07-20 12:51) 

mamii

あら、このユリ家のユリと同じだ!!
もう少しで咲くところです。
by mamii (2008-07-20 20:10) 

春分

きむたこさん、
> 連日の暑さにまいり、早くも秋が待ち遠しいきむたこ・・・。
> (≧v≦)
はい。渡り鳥なら今頃シベリアで避暑かと思ったりします。

櫻さん、
> 海牛カテをすこしずつ読み進んでいます。
勝手な趣味にお付き合い頂きありがとうございます。
> 21世紀にこんな風にブログで語られる事なんて想像していなかった
> でしょうね・・・・。
もう少し、日が当たってもいいのかなと思いますけどねー。
まあ、ヘディンとかフォーセット大佐とか大谷探検隊でさえ語られないし。

HEIJIさん、
> この後、いったい何が希望の光になるんでしょう。
いつだってそんなときは知恵と勇気と友情です。

ハギマシコ さん、
> ボートのひっくり返したような物・・・ですね。
はい。

きまじめさん、
> いよいよ登場ですか? まだでしょうか。
出てたりします。

水郷さん、
> 何事も挑戦。そして試練があるものですね。
みんながみんな危ないことはしなくてもいいでしょうが、
人類は、こんなことばかりして今に到っているような。

せつこさん、
> 船は沈んでしまい、その後帰還出来るのかしら・・・?
ここが島だとばらしちゃいましたしねー。あと200km。どうするかなと。

seraさん、
> すごいユリですね!
毎年大きくなります。

mamiiさん、
> あら、このユリ家のユリと同じだ!!
> もう少しで咲くところです。
ゴーパ1号さんのところにもあります。仲間ですね。
咲いたら載せて下さいね。
by 春分 (2008-07-21 14:58) 

mimimomo

こんにちは^^
やっと参りました・・・
何だかどんどん淋しくなる本ですね~
『ひっくり返ったボートのような』その生き物がステラーカイギュウなのかしら・・・
by mimimomo (2008-07-24 15:31) 

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